名城大学薬学部同窓交流会への参加と、東北被災地視察での学び

令和8年5月31日、名城大学薬学部同窓交流会に参加いたしました。

大学の先輩、同期、後輩の皆さまと久しぶりにお会いし、近況や仕事、地域での活動についてお話しすることができ、大変有意義な時間となりました。会の時間はあっという間で、気が付けばほとんど話し続けていたように思います。改めて、人とのつながりの大切さを感じる機会となりました。

その後、これまで薬剤師として走り続けてきた日々から一度距離を置き、自分自身を見つめ直す時間を持ちたいと考え、東北へ向かいました。

薬剤師として勤務していた間は、かかりつけ薬剤師としての対応や在宅医療への関わりもあり、いつ連絡が入るかわからない緊張感の中で過ごすことも多く、遠方へ出かける機会は限られていました。今回の東北訪問は、自分自身にとっての一区切りであると同時に、東日本大震災の被災地を自分の目で見て学ぶための視察でもありました。

今回訪問した主な場所は、陸前高田、大川小学校、門脇小学校、震災伝承交流施設MEET門脇、みやぎ東日本大震災津波伝承館、請戸小学校、東日本大震災・原子力災害伝承館です。大川小学校では、現地の語り部の方にご案内いただき、当時何が起きたのか、その後どのように受け止められてきたのかを伺いました。

想像より、天候が悪い日が多く、移動距離が非常に長かったため、各施設での時間配分がうまくいかず、もっと時間をかけて見たかった場所も多くありました。名取やいわきにも足を運びたかったのですが、今回は叶いませんでした。一方で、石巻や仙台で食事をしたり、最終日には大学の先輩と宇都宮で食事をしたりと、心を休める時間も持つことができました。

今回の視察で、特に強く感じたことがいくつかあります。

一つ目は、過去の災害から学び続けることの大切さです

三陸地方では、過去から繰り返し津波の被害を受けてきた歴史があります。その中で受け継がれてきた言葉の一つに、「津波てんでんこ」があります。

写真:陸前高田市のユースホテル。津波の威力を物語っています

津波てんでんこ」とは、津波が来た時には、家族や周囲の人を探しに戻るのではなく、それぞれが一刻も早く高い場所へ逃げるという教訓です。一見すると冷たい言葉のようにも聞こえるかもしれません。しかし、これは「自分だけ助かればよい」という意味ではありません。むしろ、家族同士が「必ず自分で逃げる」「お互いを探しに戻らない」「決めた場所で再会する」と平時から確認し合っておくことで、結果として一人でも多くの命を守るための考え方だと感じました。

災害が起きてから迷うのではなく、平時から家族や地域で避難場所、避難経路、連絡方法を確認しておくこと。いざという時に「逃げてよいのか」と迷わず行動できるようにしておくこと。そこに、先人から受け継がれてきた知恵の重みがあるのだと思います。非常に重い言葉です。興味がある方は調べてみてください。

二つ目は、事前準備と避難判断の重要性です。

大川小学校、門脇小学校、請戸小学校を訪問し、「これまで大丈夫だったから今回も大丈夫だろう」という経験則だけでは、災害から命を守ることはできないと強く感じました。災害は、想定を超えてくることが多々あります。「想定外」を想定する姿勢が必要です。経験則に基づいての行動は、経験数が多ければ役に立ちますが、我々はそこまで多くの災害を経験できないと思います。そのため経験則に基づく「想定」には非常に多くのバイアスがかかっていると思いました。災害時は最悪を想定した行動が必要かもしれません。ハザードマップも過信しすぎず、想定外の災害の際はマップを超えた被害が出かねません。その点も視野に入れておく必要があります。

写真

1枚目:大川小学校。少しでも多くの方に訪れていただきたいと強く思いました。

2枚目:門脇小学校

3枚目:請戸小学校。この高さまで津波が来ています。

避難訓練も、単なる行事や作業として行うのではなく、子どもたち自身が「なぜ逃げるのか」「どうすれば命を守れるのか」を理解する学習でなければならないと感じました。避難訓練は、決められた動きを確認するためだけのものではなく、命を守る判断力を育てるための学びであるべきだと思います。

三つ目は、支援が必要な方をどう守るかという課題です。

震災では、誰かを助けに行った消防団の方や民生委員の方が命を落とされたという話も伺いました。支援が必要な方を守ることは大切です。しかし同時に、助けに行く方の命も守らなければなりません。

高齢の方、障害のある方、避難に支援が必要な方、そして日本語での情報取得が難しい外国籍の方など、災害時に取り残されやすい方をどう支えるのか。自治会や地域活動とのつながりが薄い方に、どのように情報を届け、どのように避難につなげるのか。これは、四日市においても真剣に考えるべき課題だと感じました。

そして今回、被災地を訪れて最も言葉にしづらかったのは、ご遺族の方々、そして今なおご家族が見つかっていない方々の思いです。

時間が経てば、被災地の景色は少しずつ変わります。建物が整備され、道路ができ、街の姿も変わっていきます。しかし、大切な人を失った方、大切な人の帰りを今も待ち続けている方にとって、震災は過去の出来事として簡単に区切れるものではないのだと思います。

現地に立ち、話を伺う中で、軽々しく「学びになりました」とだけ言ってはいけない重さを感じました。被害の大きさや当時の状況を知ることはもちろん大切です。しかしそれ以上に、そこには一人ひとりの命があり、子どものたちのきらきらした笑顔があり、家族があり、暮らしがあったということを忘れてはいけないと感じました。

防災を考えるということは、単にハザードマップや避難所を確認することだけではありません。失われた命と、残された方々の思いを受け止めた上で、同じ悲しみを繰り返さないために何ができるかを考えることだと思います。

今回の視察を通じて、防災と薬剤師の仕事には共通する部分が多いとも感じました。薬剤師の仕事は、薬を渡すことだけではありません。飲み合わせを確認し、副作用を防ぎ、処方内容に疑問があれば確認し、患者さんが安全に薬を使えるように支える仕事です。何も起きなかった時、その仕事の成果は見えにくいかもしれません。しかし、何も起きなかったこと自体が、薬剤師の確認や準備が機能した結果である場合もあります。

防災も同じだと思います。災害が起きていない時に避難経路を確認、避難訓練訓練、支援が必要な方の把握、情報伝達の方法を考える、地域のつながりを作っておくなど、これらは、普段は成果が見えにくい取り組みです。しかし、いざという時には、その積み重ねが命を守る力になると思います。

四日市は、南海トラフ地震への備えが必要な地域です。

「ここまでは津波が来ないだろう」「自分の地域は大丈夫だろう」と考えるのではなく、来るかもしれない、想定を超えるかもしれないという前提で備える必要があります。地震や津波の怖さは、頭では理解していたつもりでした。しかし、実際に被災地に立ち、遺構を見て、話を伺うことで、災害対策の重要性が自分の中で大きく変わりました。

7月には、大川小学校を題材とした映画『生きる』を鑑賞する予定です。また、その前に『クライシスマネジメントの本質 本質行動による3・11大川小学校事故の研究』を読み、さらに学びを深めたいと考えています。今回の学びは今後の活動の中で何とか形にして活かしていきたいです。