先週は雨の多い一週間でした。
特に9月8日の大雨は、昨年くすの木パーキングをはじめ
市内各地で大きな浸水被害が発生した時の雨を思い出すような激しい雨でした。
災害に関して、また13日に開催したミニ集会について活動報告を致します。

① 大雨で改めて感じた、災害への備え

9月8日の大雨では、短時間で私の住む地域でも道路が冠水し
川の水位も大きく上昇しました。我が家の近くを流れる鹿化川も、水位が大きく上昇していました。

大雨が降り冠水が発生しだしたタイミングは、ちょうど子どもの下校時刻前でした。
先生方も急な対応で大変だったと思います。
私の子どもたちの学校でも、当初予定されていた集団下校から、保護者への引き渡しに切り替わりました。私の子どもたちは、帰宅するには橋を渡る必要があるのですが、その時は川が大きく増水していたため
保護者としては引き渡しに変更されたことで安心しました。
あの状況で集団下校となると少し不安を感じます。
子どもたちの安全を考え、状況に応じて対応を変更していただけたことはとてもありがたく感じました。
学校での引き渡しも、とてもスムーズに行われました。

こうした時に、普段から引き渡し訓練を行い
学校と保護者それぞれがどう動くのか確認しておくことの大切さを改めて感じました。

四日市市では、これまでも東海豪雨のような大雨による被害を受けながら
雨水貯留管やポンプ場、河川、排水路などの整備を進めてきたようです。
中心市街地では、時間75.1mmの降雨に対応する水準まで雨水対策が進められてきたようで
災害を繰り返さないよう対策が練られています。
しかし昨年9月12日には1時間123.5mmという、それを大きく上回る記録的な雨が降りました。
近年、豪雨による災害の頻度は増してきていると思います。
市街化によって雨水が地面に浸透しにくくなったことも水害リスクを高める一因ですが、
それだけではなく、短時間に降る雨の激しさや、排水施設の能力など、さまざまな要因が重なっているようです。

そのため、貯留管やポンプ場などのハード面の対策を進めると同時に
危険を早く知り、行動につなげるソフト面の対策も重要だと思います。

四日市市では現在、浸水センサーからの自動通知やAIカメラによる河川監視などが進められているようです。さらに今年8月には、1時間先までの浸水をAIで予測し、WebやLINEで市民に知らせるリアルタイム浸水予測マップの構築事業も示されました。

議案に対するご意見を募集しました(令和8年8月定例月議会) | 四日市市役所

災害が起きた時に自分から情報を探しに行くだけではなく
誰もが、危険が迫った時に必要な情報が自然と届き、次の行動につながる仕組み
をつくっていくことも、これからの防災には大切だと感じます。

② 松本道場でミニ集会を開催しました

9月13日、松本道場にて第2回目となるミニ集会を開催しました。
今回は計22名の方にご参加いただきました。
近隣の皆さまに多くご参加いただいたことに加え
少し離れた地域から足を運んでくださった方も複数いらっしゃいました。
少しずつこうした学びや意見交換の輪が広がっていることを、大変ありがたく感じています。
ご参加いただいた皆さまに、心より御礼申し上げます。

今回は二部構成で行いました。

第一部「薬剤師との上手な付き合い方」

第一部では、これまで薬剤師として現場で働いてきた経験をもとに
「薬剤師との上手な付き合い方」についてお話ししました。
薬剤師には、皆さんが服用する薬が安全なのか、処方内容がその方に適しているのかを確認し
薬による健康被害を防ぐための「ゲートキーパー」としての役割があると私は考えています。
ただ、その役割を十分に発揮するためには患者さんから薬剤師に情報を伝えていただくことも大切です。

お薬手帳だけでなく、血液検査の結果体重の変化他の病院でもらっている薬市販薬サプリメント
なども、薬の安全性を確認するうえで重要な情報になります。

今回は、分かりやすい例として、
「体重100kgの筋肉質な男性と、体重30kgの高齢女性。薬の量は同じでよいでしょうか?」
と皆さんに問いかけました。
多くの方が「なんとなくだが、同じ量では駄目なのでは」と感じられたと思います。

では、体重30kgの女性が2人なら、同じ量でよいのでしょうか???
体重が同じだからといって、必ずしも同じ量が適切とは限りません。
その薬が体の中でどのように代謝・排泄されるのか
腎臓や肝臓の機能はどうなのかなどを確認し、その方に合った量なのかを考える必要があります。
こうした話や様々な例を通じて
「薬剤師に自分の情報を伝える意味」を少し身近に感じていただけたのではないかと思います。

また「かかりつけ薬剤師」についてもお話ししました。
会場で伺ったところ、ご存じない方が思った以上に多く
薬剤師側からもっと制度をお伝えしていく必要があるとも感じました。

普段から薬や体調の変化を継続して見てもらえる薬剤師がいることは大きな安心につながります。
薬局を利用される機会があればぜひ「かかりつけ薬剤師」について一度相談してみてください。

第二部「四日市に大学ができたら?」

第二部では、四日市市が公表している大学基本計画などを私がスライドにまとめ
「なぜ四日市市が大学設置を検討しているのか」「どのような大学を考えているのか」
を説明した後、参加者の皆さんと意見交換を行いました。
正直なところ、私はもっと「今さら大学はいらないのではないか」という意見が出ると思っていました。
実際、集会が始まる前には会場でもそうした声も聞いていたからです。
しかし、市が考えている大学の構想や背景を共有したうえで話し合ってみると
「大学はいらない」という議論よりも

つくるのであれば、こういう大学にしないと意味がないのではないか

という、とても前向きな意見交換になりました。

例えば、

本当に学生を四日市へ呼び込むことができるのか
という意見。半導体関連企業で働かれている方からは、
専門的な知識を持った学生が地元企業に就職してくれるのであれば、とてもありがたい
というお話もありました。
一方で、魅力ある学生を集め、地域の産業とも連携していくためには、

優れた研究者や教授を呼ぶことができるのか
そのための具体的な手立てはあるのか

といった意見も出ました。

また、理工系分野に重点を置く方向性についても、
本当に理系に特化してよいのか、もう一度しっかり議論する必要があるのではないか
という意見がありました。

現在強い産業に合わせた大学をつくったとしても、10年、20年先に産業構造が変化した時
その大学がどう対応していくのか。
大学を設置するのであれば、目の前の人材不足だけでなく
四日市のさらに先の未来まで考える必要があります。
どの意見も、四日市の将来を真剣に考えているからこそ出てきたものだと感じました。
大学の設置は、四日市のこれからに大きな影響を与えるテーマです。
行政から出ている資料や数字をまず知り、そのうえで市民同士がそれぞれの立場から意見を出し合う。
今回のミニ集会が、そのような機会になったことを大変嬉しく思います。
ご参加いただきました皆様、心より御礼申し上げます。
またこのような場を用意し話し合えればと思います。どうぞよろしくお願い致します。

ゲームと教育について

私は幼い頃、ゲームが大好きでした。

「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」「バイオハザード」「ウィザードリィ」「スマブラ」「ポケモン」「ゼルダの伝説」といった有名なゲームから「妖怪道中記」「じゅうべいくえすと」「女神転生」「ミスティックアーク」「天地創造」「サガ」「スターオーシャン」「ヴァルキリープロファイル」など少しマニアックな作品まで・・・振り返るとRPGが好きだったんですね。
小学生の頃から大学に入る前くらいまで、本当によく遊んでいました。

大人になり、ゲームをする時間はかなり少なくなりました。
理由は簡単で、もっと楽しいことができたからです。

そんな中、私は最近子どもと一緒に「トルネコの大冒険」のリマスター版を購入し遊んでいます。
私自身が子どもの頃に遊んでいたゲームを、今度は自分の子どもが楽しんでいるのは不思議な感覚です。

トルネコで遊んでいると、子どもから「パパ、これどうしよう?」とよく相談されます。
そんな時は、すぐに答えを教えるのではなく
「どうしたい?」「なんでそうしたの?」「他に方法はないかな?」
と一緒に考えるようにしています。

「ゲームそのものが教育になる」と単純に考えているわけではありません。
ただゲームの種類や遊び方、そして遊んだ後の会話によっては
考える力や問題解決につながる部分もあるのではないかと思っています。

自分なりに考えると、ゲームにはいくつかの学びにつながる要素があると思います。

① 自分で考えるゲーム

「トルネコの大冒険」のような不思議のダンジョン系は、毎回状況が変わります。
持っている道具も、敵の位置も、その時々で違います。

戦うのか逃げるのか。
今アイテムを使うのか、それとも後まで残すのか。
先に進むのか、一度戻るのか。
正解を覚えるだけではなく、その時の状況を見て自分で判断しなければいけません。
ここには、問題解決、リスク管理、資源配分、先を読む力が必要とされます。

ゼルダの伝説も、同じような魅力があると思います。私自身も「神々のトライフォース」などを遊びながら、仕掛けをどう突破するのか、何を使えば先に進めるのかを考えることを楽しんできました。
今は子どもが別のゼルダを遊びながら、自分なりの方法を考えています。
世代は違っても、「自分で工夫して先へ進む」という面白さは変わらないのだと思います。

ポケモンも少し似ていますよね。
強いポケモンだけを選ぶのではなく、自分が好きなポケモンを使いながら
技や仲間との組み合わせを工夫することができます。
自分の「好き」を簡単に諦めるのではなく「どうすればこのポケモンを活躍させられるのか」と考えるところにも面白さがあります。

② 自分で世界をつくるゲーム

Minecraftのように最初から決められた目的だけを達成するのではなく
自分で「何をしたいか」から考えられるゲームもあります。
何をつくるのかを決め、必要なものを集め、試してみて、うまくいかなければやり直す。
目的を自分で設定し、そのための方法を考えるという経験は
学校の勉強とはまた違った学び方だと思います。

③ 人間や社会について考えるゲーム

ゲームの物語から考えさせられることもあります。小説などと似ている部分です。
例えば私が子どもの頃から好きだった「LIVE A LIVE」というゲームがあります。
これは異なる時代や立場の主人公たちの物語を描いたRPGです。
ただ進めていくと悪い存在を倒す、という勧善懲悪のゲームではなくなります。
中でも、今でも強烈に覚えているのが「あの世で俺に詫び続けろ」という台詞です。
子どもの頃の私にはかなり衝撃的でした。
でも大人になってから考えると、あの台詞だけを切り取って
見るだけでは思慮が足りないのだと思うようになりました。

なぜその人はそこまで憎むようになったのか?なぜそこまで追い詰められてしまったのか?
その考えに至るまでに、どんな出来事があったのか?
そこには、人との関係や裏切り、喪失など、その人を形づくった背景があります。

これは現実の人間関係でも同じなのかもしれません。
今目の前に見えている言動だけを切り取って「この人はこういう人だ」と決めつけるのではなく
なぜその人がそう考えるようになったのか
どんな経験をしてきたのかまで考えてみると違って見えるかもしれません。
もちろん、背景があればどんな行動でも許されるという意味ではありません。
それでも人を理解しようとするなら、その人の「今」だけではなく
そこに至るまでを含めて全体を見ることは大切だと思っています。

子どもの頃は純粋にゲームとして遊んでいましたが、大人になって振り返ると
ゲームの物語から人間の複雑さを考えたり、自分の物の見方に影響を受けたりすること
あるのだと思います。良かれ悪かれなのですが・・・

④ 人と関わるゲーム

ゲームは一人で遊ぶだけではありません。
昔であれば、友人と集まって64のスマッシュブラザーズやマリオカートで遊んだ経験があります。
私は64を持っていなかったのでいつも友人の家にお邪魔していました。

勝ったり負けたりしながら、相手のことを考えたり、ルールを守ったり
負けた悔しさをどう受け止めるかを経験することも、人との関わりの一つだったように思います。

今では、スプラトゥーンなどをオンラインで一緒に遊ぶこともできます。
また、eスポーツのように、ゲームを競技として捉える文化も広がっています。
チームで役割を考え、目標を決め、練習し、負けた理由を振り返って次につなげる。
こうした部分には、スポーツや部活動と似たところもあるように感じます。

一方で、オンライン上では顔が見えない相手と関わることも多く
対面でのコミュニケーションとは違った難しさがあります。
知らない人とのやり取りやトラブルなど、安全面に注意することも必要です。

ゲームそのものより、その後の会話を大切に

もちろん、ゲームばかりになってはいけません。
時間を決めて遊ぶことや、外で遊ぶ時間、家族との時間
勉強する時間とのバランスを取ることも大切です。
また、すべてのゲームに教育的な意味を求める必要もないと思っています。
娯楽は娯楽として、純粋に楽しむ時間があってもいい。

その一方で
「なんでそうしたん?」
「次はどうしよね?」
「他に方法はなかった?一番それがええ方法やった?」
と親子で笑い、話すことで、ゲームが問題解決について考えるきっかけになることもあります。
ゲームも、捉え方や関わり方次第では

子どもが自分で考え、自分で選択し、その結果を振り返る経験をつくることができます。
これは私が大事にしている「自ら考え、工夫して、楽しんで行動できる」という事にそのままつながります。そして物語のあるゲームからは、人生の疑似体験で大切なことを学ぶこともあると思います。

最近、子どもと一緒にゲームをしながら、そんなことを感じています。
親の皆さん、子どもとゲームの関係、どうお考えでしょうか?